8世紀後半に日本最古の和歌集の「万葉集」が中国の文字である漢字を用いて記録されてから約100年後、日本最初の勅撰和歌集の「古今和歌集」は日本独自の文字「かな」で編集されました。このとき日本の文化は唐様から和様へと大きく変化し、「かな」のもつ凛としたしなやかな美しさは日本の美の原点となりました。漢字を極限まで崩した新しい文字「かな」は愛する人や移りゆく季節へのおもいに添う情緒の文字であり、その細い曲線には作者の声が漂うやまとうたそのものの文字でした。私は、「古今和歌集」のうたのなかから人や自然に対するよろこびを詠んだうたを多首選んで書き、その紙を何枚も重ね合わせ当時の歌人たちの豊かな情感と時を紙の上にとどめてきました。古の歌人の言葉の意味を超えた思いや声が重層的な調べとなって絡みながら立ちのぼります。ほとんど文字が見えないくらい奥に潜んだ「かな」の線からも千年の昔の声や気配が聴こえます。
これまで、古今和歌集を中心に「やまとうた」を書き連ね重ね合わせてきました。今回は日本で文字が湯気を立てていた時代に着目し、文字がまだおぼろだった頃の記述「古事記」の全文を漢字と仮名で書き重ねました。偶然にも今年は古事記が書かれて1300年。八百萬の神々の聲(古事記)が渦巻く会場で制作を続行し、最終完成を目指します。